« 『タルト・タタンの夢』近藤史恵著 創元推理文庫 | メイン | 『つかまえろ』カタリーナ・ヴァルクス作 文研出版  »

『祇王』木下順二文 瀬川康男絵 ほるぷ出版

 『平家物語』から9つの章を選び、絵巻平家物語として、ほるぷ出版から出ている2巻目。いずれも、木下順二と瀬川康男のコンビなのが嬉しい。通常の絵本と違い、絵巻というだけあって、瀬川康男の金泥を豊かに使った贅沢な絵が内容に相応しい。琵琶法師ならずとも、語りを学ぶには平家物語を音読するのが一番良い、と言われているが、「祇王」は『平家物語』の巻第1「祇園精舎の鐘の声」という有名な書き出しから6章目。平清盛の全盛期の横暴ぶりを語っている。
 あらすじは;清盛が祇王という名の白拍子を可愛がり、妹の祇女も母親も贅沢に暮らしていたが、3年たった頃、巷で評判の仏という名の若い白拍子が、人気があるのに清盛が招いてもくれないからと、自ら屋敷に出向いてゆく。祇王がいるのを知りながら無礼な奴、と清盛は一度追い返すが、祇王がとりなすので会うだけ会ってやろうと屋敷に呼び戻す。が、仏の若さと美しさに心を奪われ、今様を謡ってみよ、舞も舞うてみよと、そのまま部屋に連れて行ってしまう。一方祇王にはすぐに暇を出し、すぐに出てゆけと3度も言われて祇王は涙ながらに実家に戻ったが、しばらくすると清盛から「仏を慰めに来い」と呼出しを受け、いやいや御殿に上がり、嫌な思いをさせられ、家に戻って母妹もろとも都を出て出家する。するとある日、出家した仏が3人を訪れ、一緒に念仏三昧の生涯を過ごし、4人共に極楽往生した、という物語。めでたしめでたし、であるらしい。
 もちろん文中には「萌えいずるも 枯るるも同じ 野辺の草、いずれか秋にあわではつべき」という有名な和歌もあり、「仏も昔は凡夫なり・・・という今様もあるが、文章そのものが、この章は殊に美しい。木下順二も、この章は原文に近い、と言っているが、殊に後半の原文「かくて春すぎ夏たけぬ。秋の初風吹きぬれば、星合いの空眺めつつ、天の戸渡る梶の葉に・・」は名文とされ、現代語に慣れた耳にも快い。
 実は「平家物語」は、私にとっては特に思い出のある1冊・・・というか厚めの文庫本2冊、朗読の勉強で、5,6年かけて全頁音読した。特にこの「祇王」の章は、グループのリサイタルで舞台に立ったので、自分の部分は少なくとも暗記していた・・・はずだ。恩師の松岡励子先生は、東京女子大時代「演劇」のクラスを受持っていらして、なんとかその授業が受けたくて、他の授業は代返を頼んで、皆勤で出席した。卒業後、偶然のチャンスで松岡先生の朗読・表現教室を知り、朗読を10年、表現を10年、学んだところで先生が亡くなられた。YWCAのクリスマス・ページェントを毎年担当され、おかげで、小池朝雄さんやえーと、ナントカさんとも、舞台で共演することができた。YWCAは女性団体なので、男性の参加者が少なく、3人の博士の1人の役だったのだから、共演、と言っても良いのではないだろうか???因みに松岡励子先生はNHKの女子アナの草分けで、長い間、後輩のアナウンサーの指導もしていらしたようだし、樋口一葉を読み続けている幸田文子?さんも先生に指導を受けたひとりで、時折、自分の朗読会の前に、稽古場に現れて、聞いてほしいからと美しい語りを聞かせてくれた。
 久しぶりに取り出した平家物語の頁に、その頃仲の良かった近藤琴(キン)さんとの写真が挟まっていた。近藤さん、どうしているのかな、確か私より一つ年下。懐かしい写真は、そのまま本の間に戻した。
 今日は午前中FM軽井沢で、この絵本を紹介。午後から中軽井沢駅のチャレンジショップで「真面目な魔女の蚤の市」で6時過ぎまでお仕事。疲れ過ぎたのでしょうか、もう2時過ぎなのに、お喋りが過ぎました。
おやすみなさい。