数学教育学会 2 「バイリンガルと子どものアイデンティティ」

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 英国滞在中から気になっていたのは、日本語の10進法の数詞と英語の12進法の数詞の違いで、幸い、自分の子どもたちは日本語で数えていたのだが、帰国して国際児童文庫の活動を始めるにあたって、個人的に、それがとても気になっていた。世界初の英語文庫「だんだん文庫」に、開設時、英語の数の絵本が一冊もなかったのは、私の独断と偏見である。

 だんだん文庫の入会資格は、「帰国児と多国籍の家庭の子ども、あるいは外国人の子どもなど、バイカルチュラルな環境で、1年以上育った子ども」に限られている。これは文庫本来の、「ことばを教えるのではなく、本来の言語能力を読書によってKeep upする」という趣旨に沿ったに過ぎないのだが、この方針を貫いていくのは、案外大変なことだった。

 「うちの子は英語教室で習わせているので、英語が喋れます」「アメリカンスクールに通わせています」といわれると困ってしまう。学校や英語教室で英語を習っているのと、異文化の中で生活しているのでは言語環境が違うということまで説明しなければならない。

 だんだん文庫では、英国式のボランティア、つまり、交通費などの必要経費も支払わず、ケーキを焼いてきてもらったり、文房具を寄付してもらったりという、余裕のある人でなければできないボランティアだったので、特に外国人スタッフは、お小遣い稼ぎに英会話を教える若い外国人ではなく、外交官夫人等、キチンとした英語を話す人ばかりで、しかも子どもたちの支払う会費は月額500円以内だったので当時の教育ママたちにとっては、垂涎の的だったのである。

 現在ではそのとき以上に幼児からの英語教育を望む親が多く、早くから始めれば外国人と同じように話せるようになると、幼稚園のカリキュラムにさえ、取り入れているところがある。
 発音と単語数が多ければ楽しい会話ができるというものではない。大切なのは内容である。母国語で自分の意思も伝えられないのに「バウワウ」を習って何になるのだろう。

 恐ろしいのは、バイリンガルだといわれている子どもの中に、アイデンティティを失っている子が多く、祖国という心のよりどころを探し続けている。例えば大学生で日本に戻って、恋人に思いを伝えようとしたときに、どちらのことばでも適切に伝えられず、ただ涙をこぼしていたという。

 ことばは人生のすべてをつかさどるといっても過言ではない。英語は学齢から始めても、十分に外国人と対抗できる。幼時から始めれば発音が良くなるからというが、発音は音楽感覚の問題で、クラシックを幼児からよく聞いていれば、すぐうまくなる。
子どもたちの一生の幸せを願うなら、まず親が正しい日本語を学ぶべきである。教育の原点は家庭教育なのだから。