『天地明察』上・下 冲方丁(うぶかた とう)作 角川文庫

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 これも友人に教えてもらった本。友人に勧められなければ、私自身が手にとることはなかったに違いない。主人公の春海の職業は碁打ちである。私の父は日本棋院の、多分5段だったから、家でもよく碁を打っていた。30センチ近い厚い碁盤を2つ持っていて、和服姿で正座した上半身を時折揺らしながら、楽しそうに考えていた。娘である私に教えて、二人で打ちたかったらしいが、私には不向きなゲームであると、賢明な父にはすぐ分かったようで、すぐに諦めてしまった。8歳上の兄は負けず嫌いで、家族で麻雀卓を囲んでも負けるとヒステリックな涙声になるので、うんざりするらしく、兄とは遊ぼうしなかった。碁が覚えられればよかったのに、と時々思うが、夫は4段だったので、よく2人で打っていたし、離婚したのは親が亡くなってからだったから、良い親孝行ができたと思っている。

 だから、この本は、父の膝に登って碁の邪魔をしていた頃の気持ちになって読んでいた。主人公の春海は大名達に碁の指南をするのが職業なのだが、穏やかな性格なので、仕事に伴うよしなしごとが面倒でたまらない。趣味が数学で、難しい問題に出会って、それを解くのが無上の喜びである。これも私には知りえない世界である。知りえない世界なのに、この本が面白い。難問を絵馬に書いて神社に奉納したり、塾の壁に張り出して、解答を求めたりする。そこに淡い恋も絡むが、数学の学力と、天体への興味を買われて、新しい暦を作り、国民に使わせる役目を仰せ付けられる。
そう、時代は寛文5年ころからの話である。

 自分の興味はともかく、能力の範囲とかけ離れた世界を楽しんでいる男達の物語を、とても懐かしく読んだ。そうか、父と夫は、こんな世界で遊んでいたのか、星の話をよく聞かせてくれた友人は、こんなことも考えていたのかもしれないなどなど、知っているようで知らなかった、ある意味男達の夢の世界を、覗いてしまった心地がする。