『かもさんおとおり』マックロスキー作 わたなべしげお訳 福音館書店

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 絵本の古典。1965年日本初版、半世紀以上昔の絵本だが、絵の雰囲気も、物語も、少しも古くない。それなのに2002年に、『海外子女教育』誌の「子どもの本棚」の集大成として発刊した『小林悠紀子の進める630冊の本』には、この本が紹介されていない。勿論、読んでいたし、良い絵本なのはよくわかっていたのだが、「噂になっている本は、今更紹介したくない」というひねくれた思いがあるもので、特にこの本は紹介する隙がなかったのだ。
 
 つまり、良い本のリストには殆ど常に挙げられていたし、実は、実際の世の中で、鴨の行列が、よく話題になり、新聞やTVのニュースになっていたから。例によってうろ覚えだが、帝国ホテルの玄関の噴水から、皇居のお堀への行列だったり、どこかの新聞社の社屋で雛が育ったりしていて、その度に、この絵本が話題になった。その度に、ああ、また紹介できない、と機会を見送っていた。

 軽井沢に居ると、鴨はそれほど珍しい存在ではない。レストランのメニューでもよく見るし・・・。ではなくて、我家の庭に流れるせせらぎにも、年に何度か、つがいの鴨がどこからか泳ぎ上ってくる。だから特に珍しくもなく、話題にもならないので、10月4日のFM軽井沢「魔法使いの本棚」で、ようやく紹介することができた。そしてようやく気が付いたのだが、渡辺茂男先生の訳ではないか!渡辺先生には、ICBA(国際児童文庫協会)を立ち上げる前、だんだん文庫を始める頃から、亡くなられる直前まで、ずいぶん色々教えて頂いた。

 ICBAの10周年が過ぎた頃だっただろうか、青山の子どもの城のすぐ近くの花屋さんの前で偶然お目にかかって「お茶でも飲みましょう」と誘われて、すっかり上がってしまった私は(全然上がっているように見えないのが困るのだが)、大きなクラブハウスサンドをバクバクと食べながら、夢中でなぜか初恋の話をしていた。やがてお皿は空っぽになり、渡辺先生に呆れたように「あーあ、なくなっちゃったよ。ボクも一緒に食べようと思ってたのに」といわれて、ようやく正気にもどったのだった。

 で、その渡辺先生の分かり易い訳のお陰もあって、鴨さんがとても身近に感じられるストーリーなのだが、大人になって読み返すと、ヨチヨチ歩きの鴨たちが何とか無事に道を渡れるようにと、交通整理をしたり、電話でパトカーを呼んだりするお巡りさんのマイケルが見事なわき役に描かれているのに気付く。良い本は、どんな本でも、読返すたびに新しい世界を見せてくれる。