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2011年11月

2011年11月24日

『どんぶらどんぶら七福神』こぐま社

 11月20日のFM軽井沢で紹介した2冊のうちの一冊。その時も話したのだが、この本が届いたのが、丁度お茶の友人からお祝い事の記念に七福神の金太郎飴をもらったあとだったので、なんだか続いて良いことがありそうで嬉しかった。

 そこで早速この本を紹介しようと思い立ったのだが、実はちょっとためらった。本に問題があるわけではない。私の発音に問題がある。父の実家は神戸。父母の本籍は両家とも山口で、つまり発音に関西訛りがある。私自身は4歳まで京都で育ってはいるが、幼稚園から東京で、親も標準語だったから、自分は正しい日本語で喋っている、という自信があった。
学生時代、地方から出てきた友達を、一々アクセントを治して歩いて、「ちゃんと日本語を喋りなさいよね」と嘲ったものである。ヤナ奴だわね。

 で、どうして「七福神」でためらうかというと、母は東京生まれの東京育ちで「ひ」と「し」があぶない。父は関西弁が入っているから「七」は完全に「ひち」と発音していた。
若い頃の私は、外では何のためらいも無く「しち」と発音し、親と話すときは「ひち」であったと思う。
 イギリスで育った子どもがアメリカ人と話すとき、無意識のうちにアメリカ英語で話そうとする。これは運動神経なのだそうだ。そして、いまや250歳となった私は、この運動神経が鈍くなってきて、「七」という文字を見ると、一瞬ためらう。「ひち」と読んでしまうことはほとんど無いが、ぐっと息を詰める一瞬が怖い。と、まぁ、それほどのことでもないから、落ち着いて紹介することにした。

 『どんぶらどんぶら七福神』はみきつきみ作 柳原良平画だが、作者には始めての絵本、柳原良平はその昔、サントリーの「アンクルトリス」というキャラクターで有名だが、この本が80歳の記念だと、巻末に書かれている。うーん、色々おめでたい。お年玉に添えて、お祝い事のちょっとしたプレゼントにとても良い。ちなみに1000円+Tax

 筆名が回文になっているのでも分かるように、作者のみきつきみはコピーライター。七福神の一人一人が数え歌で、神様の役目が分かるように、楽しく紹介されている。

同じこぐま社の『ぼくはブルドーザー』も紹介したかったけど、長くなったから改めて。

2011年11月25日

『ぼくはブルドーザー!』こぐま社

 11月20日のFM軽井沢「魔法使いの本棚」では、昨日の七福神と一緒に、この、『・・・ブルドーザー!』を紹介した。

 私たちが、つまり国際子ども文庫の会が、隔月(毎月だったのに、昨年から隔月になってしまった!誰かの陰謀に違いない)に月刊『海外子女教育』誌に4冊ずつ、子ども向けの良い本を紹介しているのだが、日本の季節や行事にあうように、紹介する本の季節感を大切に考えて、本を選んでいる。
 「子どもの本棚」という、たった1ページなのだが、沢山出版される子どもの本の中から、あるいは古くから愛読されている歴史的な名著の中から、たった4冊を選ぶのはムズイ!
この本も、この本も、という中から、少なくとも今年のこの季節には紹介できない本を、切り捨てていくのは、時には辛い作業でもある。雑誌一冊、全部子どもの本シリーズにしてくれたとしても、海外にいる子どもやその親達に、伝えたいことは語りきれず、紹介したい本も山ほどある。

 この『ぼくはブルドーザー!』も、季節なら4月ごろ、幼稚園に入ったり、学校のクラスが変わったりして、まだ心の許せる友達の出来ない季節に、『海外子女教育』誌で紹介したい本である。
 海外の子どもに本を紹介するとき、一番心を配るのは「正しい日本語で書かれているか」という点で、難しいを「ムズイ」などと書いている本は、即、切り捨てる。国内で、日本人家族の中で読む分には、「チョー」面白くても、「たべれない」お菓子の話でも、他にたくさんの本を読んでいるなら一向に構わない、と、私は思っている。それは、悪い日本語、という毒が、良い本という蒸留水で薄められるからである。何でもいいから、沢山本を読んでもらいたい、と思う。
 しかし、海外では、その本が、例えば戦争に関するただ一冊の本になってしまうかもしれない。その子にとって、その本が戦争における日本の姿を語るすべてになってしまう。
だから、私たちが『海外子女教育』に本を選ぶとき、その一冊が、ただ一冊になってもよい本しか、選ばない。

 そこでこの『・・・ブルドーザー!』だが、コンセプトが良い。男の子が、いろいろな「働く車」になって、お砂場にお城を作る。ショベルカーも、クレーン車も、たしかに人間の動きが基になっている、と納得できる。ザクザク、ゴロゴロ、といった擬音(オノマトペ)が多く使われているのも、海外の子どもには助けになる。外国語の擬音では、日本に帰ったときに戸惑うからである。

 そんな理屈も、最後におとうさんが現れるあたりから、どうでもよくなる。お父さんがリフト車になって、男の子をぐいと持ち上げ、ガシャンと肩車にはめ込んで連れて帰るからである。この最後の数ページで、読んでもらっている子ども達は、幸せ一杯な気持になるに違いないから。

2011年11月30日

11月26日のFM軽井沢「魔法使いの本棚」

 たまには真面目に、というか、いつも真面目だが、この日は日本の教育について、感じるところを述べてみた。というと大げさだが、大切な教育の三本柱「知育、徳育、体育」野中で、日本では「知育=教育」となって、徳育と体育が置き去りにされている。道徳教育の時間は「教育テレビ」のそれなりの番組を見せることでお茶を濁され、体育は球技等のスポーツをやれば良いのだと思っている先生が多い。
 体育は読んで字の如く、体を育てることであって、走る、飛ぶ、投げる、の技術を身につければ良いというわけにはいかない。知育、徳育で育てられた優れた頭脳と精神を包む、「カラダ」を作り上げなければならない。MENA SANA INCORPORE SANO(健全なる精神は健全なる身体に宿る) と言うではないか。

 優れた身体をつくるのには、まず、身体がどういうものか知らなければならない。ここで取り上げたのは、日本の教育の中で、ほとんど目隠しされている性教育についてである。
せせらぎブログなのだから、勿論、本の話だ。
 " What's Happening to My Body" と " My Body Myself (For Girls)"の2冊をとりあげた。いずれも Lynda Madaras & Area Madaras の著書で、他にFor Boys もある。
日本語の本を探しているのだが、こんなに細かく、思春期の子どもの疑問に答えてくれる本が無い。親にも先生にも相談できず、ひとりで悩むティーンエージャーのために、各図書館に一冊、こういう本は是非、必要である。

 英語では読めない、と、大人は思うかもしれないが、中学生の英語の能力があれば、充分に読めるし、興味に惹かれて、読めてしまうものだ。これで英語の読解力もつけば文字通り、一石二鳥。
 文中には詳しい挿絵、図が示されており、呼称のスラング一覧などもあって、大人にも勉強になる。何よりも思いやりのある文章で、胸の大きくなる時期、体毛の生える時期、メンスの説明などと共に、標準より遅れたからといって、心配は要らないということも書かれている。この程度の医学知識は、親もきちんと把握して、性的にいびつな考えを持った子どもに育てぬよう、心がけたいものである。