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2017年8月

2017年8月 3日

『文人悪食』嵐山光三郎著 新潮文庫

 37名の文士について書いているのだが、明治、大正、昭和にかけての作家が、殆ど網羅されていて、漱石、鴎外、露伴、子規、藤村、一葉、鏡花・・・荷風、茂吉、白秋、啄木、龍之介・・・川端康成、太宰治、三島由紀夫等々。私の頭にある「小説家」は全部含まれていて、中には一つか二つしか作品を読んでいない、深沢七郎とか、梶井基次郎なども入っている。なぜ、自分の読んだ作家に拘るかというと、私の憧れてきたすべての作家達の生活が、あまりにも赤裸々に描かれていて、あの美しい小説の世界が歪んできてしまったような気がしたからだ。

 この文庫本の初版は平成12年、とある。その頃は、さらっと読んでしまったらしく、最初に読んだ時の印象は、まるで残っていない。2度目は、つい1,2か月前、FM軽井沢で紹介しようと本を探していて、何かインパクトがあったと思い出して2,3日で読んだ。500ページ足らずだから、飛ばし読みをしたつもりはないのだが、放送の時は、様々な作家の、様々な食生活、そこから見えてくる個性的な?!日常生活が紹介されていると、何人かの例を挙げて終わった。が、まだ何か引っかかっていて、帰ってから、一度に一人ずつ、と決めて読み返してみた。

 すると、一人一人の作家の性格が、その食癖?から浮き出してきて、小説家は物語の神様ではなくて、個性のある、とても人間臭い人間なのだと見えてくる。そしてその作品の一つ一つは、書いたのはその作家であっても、書かせたのは神様なのだと思えてくる。神様に選ばれた代償として、それぞれが、それぞれの苦難を支払わなければならなかったのだろう。

 しかしながら嵐山光三郎は、大変な努力でこれを書いたに違いない。これは詩でも小説でもないから、巻末に蟻のような活字で列挙されている参考文献からみても、彼は神様の力を借りずに、自分の努力で、これだけのドキュメンタリーを書いたのだと思う。50歳を過ぎたら、本の好きな人は、読んでみるべき一冊。
 大丈夫よ。良い小説はこんなことで、壊されてはいませんでした。作家の実生活を知っただけで、印象が変わってしまうなら、その作品は、その作品独自の世界を作りえていない駄作、ということだから。

2017年8月13日

『うなるベートーヴェン』E.キション作 角川文庫

 もともとこのブログは、「せせらぎ文庫」の本を紹介するブログなのだが、どうも、その時自分が面白く読んだ本について書いてしまっている。今日こそ、というか、今日は、ちゃんとせせらぎ文庫の書棚から選んできた本だ。

 せせらぎ文庫は8畳くらいの空間に、間口150㎝くらいの大きな本棚が10個、取り囲むように立っている。入口からみて右手がメインの本棚だが、入って正面にある低い本棚には、文庫本ばかりが並んでいる。左から2つ目の本棚の一番上の棚には様々なエッセーが置いてあるが、林望氏のが3冊、淀川長治氏の映画論、デーブ・スペクターのジョークブックの左側に4冊、音楽家の名前が、『モーツアルト』(小林秀雄)、『僕の音楽武者修行』(小澤征爾)『忘れられたバッハ』と並ぶが、その1冊目が、このベートーヴェンである。

 が、隣がデーブS.のジョークブックであるのでわかるように、この本は上質のジョークブック。エッセーではないのだけれど、ベートーヴェンの名前につられて、まじめな音楽青年がこの本を借りてくれないかな、と、そのあたりを狙った「並び」なのだ!ストーリーを結末まで話してしまうのはルール違反だとは思うが、この本にはジョークストーリーが2ダースも詰め込んであるのだから、一つくらいはいいかな?

 ある日の夜遅く、アパートの一室から、ラジオの大音響が聞こえてくる。住人達はカンカンになって「うるさい」「ヤメロ」「管理人はどうした!」と怒鳴りまくる。慌てた管理人は「がなり音楽はやめろ!」と窓からわめくのだが、するとドアが開いて、Drビルンバウムが顔を出し「誰だ!ベートーヴェンの交響曲をがなり音楽だといったのは!」と怒鳴る。一同シュンとして「聞こえにくいので、もう少し大きくしてください」等とゴマを擦って聞き惚れる。ところがしばらくしてアナウンサーの声が、「ただいまの曲は何々で、次にクラシック音楽、ベートーヴェンの交響曲イ短調・・・」と告げる、というお話。

 なんだか根を詰めるような本を2冊続けて読んだので、軽やかなジョークが気持ちを和らげてくれた。全く、読書というのは現実逃避ではあるが、常に、それなりの安らぎを確約してくれる。


うなるベートーヴェン (角川文庫―Mr.キションのストーリー・ジョーク (6182))

(ASIN: 4042443028)
E.キション  
角川書店