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2018年5月

2018年5月14日

『ぞうのさんすう』あすなろ書房

 ずいぶん長い間、せせらぎブログにご無沙汰してしまった。その間、色々あったが、東京のお茶の稽古が自宅だけになり、時間的にも精神的にも気楽になった。その代わり、軽井沢でまたボランティアが増えた。増やしてしまった、と言うべきか。学校茶道は裏千家でも推奨しているので、手を抜くわけにいかないし、水曜日が2回空いたわけだから・・・と安易に考えたのが間違えの元。高校生はすぐに色々、思いつくので、対応するのにハアハアいってしまう。でも、孫と同い年の、まるで様子の違う国際高校の子ども達に囲まれるのは楽しい。
 昨日、FM軽井沢の帰りにコメリとつるやで1週間分の買物をして、家に荷物だけ置いて、西区の公民館で彼らに臨時稽古をした。着替える時間もないし、立礼で、臨時だからと洋服のままで行ったら、終わる頃になって「いつもとなんか違うと思ったら洋服なんだ!」と言われた。考えてみたら彼等には、和服でしか会っていなかった。

 そんな慌ただしい毎日の中で出会ったのが、この絵本。伊藤忠財団の助成金で注文した数十冊の中で、岩波書店のだけ入手し難かったらしく、その代わりにと書店から勧められたのが、この本。
 数字アレルギーの私は、無意識のうちに数学関係の本を避けているのかもしれない。若い頃「数に弱いんだから、意識して数学の本を読めよ」と友人に忠告されたので、気を付けてはいるのだが。彼にも先に逝かれてしまった。

 「さんすう」とタイトルにあるように、表紙の絵もソロバンのように物干状の柱の間の4本のコードに、どうやら藁でできているらしい丸い物が・・・。実はこの丸い物は象のうんち。毎日1個ずつウンチをしていた幼い象は、お誕生日が来ると毎日2個ずつウンチをするようになり、毎年1個ずつ増えて、50年目には毎日50個ずつウンチをするようになって、数えることも、ひとつづつ増えてゆくことも、分かるようになっていた。ところが51年目の朝からウンチの数が1個ずつ減り始め、50年目にウンチは0個になる。
始めの50年間に465,375個のうんちをして、残りの50年に465,375個のうんちをして、引算をすると0になる。
「ぞうは しあわせでした。100年 いきてみて、やっと ゼロというものが わかりました。」 そしてウンチをしなくなった象が行くところに向かって、静かに歩み去る。 という哲学的な物語。

 この本に関しては、まだいろいろ書きたいこともあるのだが、ここまで書いただけで、疲れちゃった!
 絵本作家として定評のあるヘルメ・ハイネの復刻版。『おさるのまいにち』でファンになってしまった伊東寛(いとうひろし。数十年前?文庫の集まりで講演してほしい、という口実でお願いしたが、振られてしまった!ファンなのに!)の訳。文章にも、さりげない哀愁があり、大人にも子どもにも読んでほしい本。子どものない家にも、一冊手元に置いてほしい。

2018年5月22日

『さかさかさ』浜野木碧作 鈴木出版

 ああ、回文の絵本ね、上から読んでもさかさかさ、下から読んでもさかさかさ、なんて呑気なことを言いながらページを開いたのだが、違った!「さかさかさ」は逆さまに置いてある傘だから、緑のグラデュエーションのワンゴリした傘が、風に吹かれて坂を転がりさかさかさになる。つまり逆さ傘。ワンゴリって言わない?どこかの方言でしょうか。英語で言えば rouncible ? スペリングは間違っているかもしれない、エドワード・リアの造語で、まるっこい? ワンゴリの方は、まるっこいより肉厚な丸み、と言う感じの、センスの良い子ども傘、ああ、この文の後に、きっとその表紙の絵が付いてくると思うのですが、なにか品物と言うよりも、生き物めいた傘の絵が描かれている。
 この感覚は鋭い。生き物めいた傘、と見抜いた私の眼力か、と言うより勿論、描いた画家の力なのだが、さかさか言っているうちに、傘の柄から芽が出てくる、そして小さな、すぼめた傘の、緑色のスイカズラのような、軽井沢で言うならアズマレイジンソウのような花がたくさんついて、その花が、雲のくしゃみで、一斉に開いて、空中いっぱいに傘の花が舞う。
 鈴木出版の新しいシリーズ、小さな絵本の最新版だが、このシリーズの中でダントツ、私は一番気に入っている。じっとさかさかさを見ている、ピンクのカタツムリもウイヤツ。


さかさことばで うんどうかい【新版】 (こどものとも絵本)

(ASIN: 483408180X)
西村敏雄  
福音館書店 / 在庫あり。