『芝居の媚薬』三島由紀夫 角川春樹事務所刊

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 12月2日のFM軽井沢「魔法使いの本棚」は大好きな三島由紀夫の珍しい一冊『芝居の媚薬』を取り上げた。芝居、歌舞伎、映画などなどの評論、というよりその作品に接しての雑感、という感じで、親しめる本である。親しめる、というのは失礼な言い方なのかもしれないが、三島由紀夫の作品を読んでいるときとは、まるで違った、著者への親近感を感じる。1970年の自決以後に出された本で、何時頃、どんな読者を対象に書かれたものか、この本を見ただけでは分らないのだけれど、どこかの雑誌に連載された、という感じではなく、書き溜めてあった原稿なのかもしれない。
 
 三島由紀夫の作品、というと色々な受賞作他、芸術作品という印象があるが、私の若い頃(ほんの、5,6、年前といいたいところだが・・・)その頃には、例えば流行語の源にもなった『美徳のよろめき』のような、いわゆる通俗小説もたくさん書かれていて、やはり美しい文章で、身近な、読みやすいストーリーが綴られていた。

 でも、この『芝居の媚薬』から感じられる親しみやすさは、そういう感じとはまた違って、尊敬する親戚のお兄さんから、いろいろ珍しい話を聞いているときの楽しさである。

 三島由紀夫のお昼寝?の写真から始まって、自分が小説を書いていて、時々たまらなく戯曲が書きたくなる、という話から、幼い頃、歌舞伎に感激して、現在に至るまでずっと見続けている、とあり、歌舞伎の色々な舞台、その時の役者、作品の評論に変わってゆく。

 例えば「アメリカ映画ノオト」という1項でも、『麗しのサブリナ』から『不思議な国のアリス』『砂漠は生きている』まで15の作品名が挙がって、褒めたりけなしたりが面白いし、ジェイムス・ディーンは、別の項目を上げて語っているが、その冒頭は「人生は、美しい人は若くて死ぬべきだし、そうでない人は、できるだけ永生きするべきである」という一文から始まって、自殺するのでなく、そういうチャンスを得た彼は幸運である、というようなことが書いてある。
 「虚実皮膜」という項には、自作覚書として、「黒蜥蜴」など13の自作の戯曲について書いていて、それぞれの演出など様々な事柄に触れている。

 どんな分野にしろ、日本で舞台芸術に成功している他人の多くは、歌舞伎の舞台に育てられているような気がする。三島由紀夫が戯曲を書き、多くの舞台芸術を愛し、自らも役者として活躍するようになったのは、幼い頃祖母や両親に能や歌舞伎を見せられた、環境にもあったように思われる。

 六代目歌右衛門や玉三郎のことにも筆が及んでいて、もう少し生きていてほしかったと、しみじみ、その早すぎた死が惜しまれる。今でも充分、生きて書き続けられる年齢のはずなのに。この世界の変化を、彼がどう表現してくれたか、それを読むことで、どんなに楽しい時間を過ごすことが出来たかと、悔しい思いにさせられる、そんな一冊だった。