『センナじいと くま』 松谷みよ子作 井口文秀画 童心社

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  今年、2月28日に、松谷みよ子先生がお亡くなりになった。体調が悪くて、ご葬儀にも出られなかったが、却って優しくして頂いた思い出が、そのまま残っている。外国から作者やイラストレーターが訪れると、JBBYの主催で懇親会が開かれるが、いっとき、何故か私を頼りにしてくださって「小林さん、一緒にいてね」と、私の右腕にふうわりと掴まって、ニコニコと、外国のお客様とことばをかわしていらっしゃった。お目にかかれなくなって、ずいぶんたっているのだが、『ふたりのイーダ』以来、大好きな作品はいつも手の届くところにある。

 『ふたりのイーダ』も、戦争の悲惨さとか、原爆がどうとか、直接語られているわけではないのだが、読み終わると心の中に「戦争は嫌だ」という思いが、しっかりと根を張っている。
 『センナじいと くま』も、猟の上手いセンナじいと、子熊の可愛さが只々描かれているようでいながら、読み終わると心のなかに、ずっしりとした何かが降り積もっている。

 センナじいは黒部の山の中を駆けまわった少年の頃から鉄砲に興味を持ち、お小遣いをためて手に入れると、獲物を仕留めることに喜びをおぼえるようになる。クマとの出会い。子連れの母グマを撃ってしまったこと。連れ帰った子熊が母グマを慕うこと。淡々と書かれているのに、熊の毛皮の手触りも、背中にしょった子熊のぬくもりも、実際に体験したように、読み手の肌に焼き付けられる。獲物を仕留めた手応えも、母グマを奪ってしまった子熊への哀しみも、センナじいとともに味わっている。こういう物語を読むと、弱い者いじめをしない、それでいて逞しい子どもに育つに違いない。

 井口文秀の挿絵が、物語に厚みを加える。書き手と描き手が、一体となって物語を進めている。
近頃は少なくなってしまった本物の絵本がここにある。