『春の日や 庭に雀の 砂あびて』 偕成社

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 「E.J.キーツの俳句絵本」という副題がついている。表題の一句は鬼貫の作だが、他に丈草、蕪村、子規など7名。23句の中で、小林一茶の句が9句もあるが、どれも私の知らない句ばかり・・・。古池も、お馬も、やせがえるも出てこない。一茶の句集も読んだはずなのに、記憶にない句、しかも「私この句好き!」と言いたくなる句ばかりである。

 冒頭が "朝やけがよろこばしいか蝸牛" 一茶 A red morning sky, For you, snail; Are you glad about it ? 「このあかく染まった朝の空 きみのだよ かたつむりくん うれしいかい?」 と英訳と、さらなる日本語訳が付いている。因みにリチャード・ルイス編 いぬいゆみこ訳 となっているのだが、英訳がだれなのか、よくわからない。巻末に多くの英訳俳句集の書名と訳者が載っていて、編者のルイス氏が英訳ごと拾い上げたのだとある。いずれにしろ、外国人にこんなに俳句のファンがいたとは知らなかった。具体的に書名を並べられて、しかも、余計なことにとらわれずに良い句が選ばれているのを見ると、その底辺の広さを思って、感心してしまう。

 キーツの絵も素晴らしい。俳句というと墨絵を思ってしまうのだが、例えばこのかたつむり君、見開き一杯の朝焼け色の片隅に、細い枝の上で首を伸ばしている蝸牛が描かれている。その鮮やかな色遣いがありながら、俳句との違和感がないのは、キーツが、どのページにも、日本画の味わいを取り入れているからだろうか。例えば墨絵風の影絵であったり、山の緑が唐草模様であったり。

 詳細に読んでゆくと、その英訳や、英訳の日本語訳や、絵の雰囲気が、元の句と微妙にずれているものがあって面白い。決して間違いではないのだが、日本人はそう感じているのではないのよ、とつぶやいてしまう。うーん、ルイス君の方が正しいのかなあ・・・。

 "生きて居るばかりぞ我とけしの花"一茶 Just simply alive, Both of us, I And the poppy. 「生きているんだ ぼくも けしの花も」という句に、あかいけしの花をもって、とんで歩いている小さな子どもの影絵。
「生きているばかり」ということばを、どう感じるかの問題なのだが、その「無」の世界を、私はもっとペシミスティックにとらえてしまう。少なくとも、花を手に駆け回る子どもではなく、庭に咲くけしを、黙って見つめる女であるような気がする。

 素直に子どもと、あるいは家族で楽しむのにもとても良いが、おとなが一人で色々考えながら頁をめくるにも良い絵本である。