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2010年1月

2010年1月10日

初せせらぎ文庫

 明けまして、おめでとうございます。お正月三が日と家の初釜を済ませ七草粥を食べてから、せせらぎに戻ってきました。雪景色!8日の朝、早速、留守中庭を訪れてくれた生き物の足跡をそっと調べてみました。まず、雉斗!くっきりした足跡。郵便やサンのバイクの轍。小鳥の餌を補充してくれた小鳥オジサンの大きな足跡が、切り株から切り株へ。このへんまでは想定内。ところが庭の奥に深い3本爪と大きな肉球の跡が!かなり大きなイノシシが川のほうに横切ったようです。

 そして9日。3ヶ月ぶりに自分の足で歩いて、せせらぎ文庫へ。「歩く」ということは単にA地点からB地点へ身体を移動させることだと思っていたけれど、まだ痛みの残る右足を引擦らないように、凍った雪に乗らないように杖を突きながら歩くのは、車の運転と同じように、自分の二本足をロボットの足のように上手に運転する、という感じです。車椅子の力も借りずに、自分の足で動き回れるのは、こんなに嬉しいものか、と丈夫になった足に感謝。通常10分余りの道のりですが、15分で着きました。

 今日もひとりで本の整理、と大人の本を机に積み上げてていた耳に、嬉しい子どもの声!母子揃ってお餅で繭玉を作る日だったそうで、次々に子ども達が文庫の部屋になだれ込んできたのです。
大勢いると本を読む子は少ないから、と折紙を出したら、勿論大喜びで「これはなあに?」「これはどうやるの?」と、やりかけた本のカード付けが進まなくなってしまいましたが、それはそれで嬉しいもの。

 そのうちチビサンが本を引っ張り出し、指で文字をたどりながらたどたどしく声を出して読んでいるので「読んであげようか」と声をかけたのですが「大丈夫、自分で読めるの」と振られてしまった!2冊目、かんなりさんの『わたしのねこちゃん』だと、すんなり読める。やっぱり、ことばを選んで書かれている絵本は読みやすい。「そうなんだ、ホント、上手に読めるのね」。本が好きで、読みたくて仕様がない、自分で読み進みたいのに、早く読めなくてもどかしい、という気持が良くわかります。本の虫に育つに違いない、というタイプです。折紙の「動く唇」を使って「おなまえなあに」と聞いても教えて貰えなかったのが残念。でも、ミズキチャンに似ていたなあ。いつもお母さんと一緒だったから、わからなかったけど・・・

 更にブルーナーの絵本を2冊読み終わって満足したのか、ようやく私の方へやってきて黙って絵本を差し出したので、「読むの?」と聞くとこっくりと頷き、読み終わるともう一冊。今度は「読んで」と声がでました。

 せせらぎ文庫で読んだのは何日ぶりでしょう。昨年FM軽井沢で、渡辺茂男先生の原稿を読み上げていて声が裏返ってしまったので、思い立って一昨日から柳田国男の『遠野物語』(新潮文庫)の音読を始めているのですが、おかげでこの日、2冊無事に読み終えました。

 これまで松岡励子先生の朗読教室に10年、その後表現教室に10年近く通って、現代文、古文の音読を続けていたのに、一昨年クリスマスに先生が倒れられて以来、勉強していなかったのを反省。音読って大切ですね。東京に帰ったら表現教室で読みかけていた『増鏡』を・・・自分で調べて読み終わる事を今年の目標にします!??? あーぁ、言っちゃった。でも、読み終わるように努力します。

2010年1月11日

栗鼠とシメとFM軽井沢と

今日は、軽井沢駅から見た離れ山の雪化粧が美しかった。山でも、薄化粧の方が綺麗なんだな。もうひとつ嬉しかったのは、今朝、2年ぶりにリスが現れたこと。近くの違法建築の工事が長引いたお陰で、小動物たちの巣が壊されたり、環境が変ったりで、彼等の生活、大げさに言えば生態が変ってしまったので心配していたのだが、どうやら巣の場所を替えたらしく、今までと違う方向から現れた。そういえば雉も巣と家族構成が替わっているから、リスも次の代に替わったかも知れない。

 小鳥も一昨日、昨日に引き続いてガラ達つまり、40カラ、50カラ、コガラ、ヒガラ、山ガラの5種類の他に、カケスとカシラダカとアトリ、それにシメが現れた。もうひとつは調べる時間がなかったが、シメと同じような羽色で、嘴がシメのように膨らんだ黄色ではなく、茶系で尖っているのが来ていた。一日中、鳥を眺めて餌を補充していたような気がする。

 でも、昼頃タクシーを呼んで、ローソンで牛乳とコロッケを買い、はち巻きで刺身定食を食べて、中軽井沢駅の駅長さんに、階段を上らなくてすむ様に線路を越えてプラットホームまでエスコートしてもらって、FM軽井沢までいってきた。タクシー往復2400円。電車440円。刺身定食1200円。ローソン900円。4時頃には帰宅したが、しばらくしたら疲れが出て眠ってしまった。足の所為か、まだ疲れやすい。

 FM軽井沢では、ドロシー・ギルマンのミセス・ポリファックスシリーズを紹介した。一巻は『おばちゃまは飛び入りスパイ』。これは私がアラフォーだった頃、夢中になって読んだシリーズだが、今頃読むと、声に出して笑うほど面白い。年齢に関わらず、女性を元気にする本だと思う。

 それにしても、昨日「せせらぎ文庫」に現れた、算数が好きだといった男の子、あの子に安野光雅の『赤いぼうし』をみせたいなあ。あの子にぴったりの本なのに、せっかくの出会いのチャンスを逃したのが残念。

2010年1月22日

遡って、先週のお話と今日の鷺

 今日、5日ぶりにせせらぎに戻った。明日はちゃんと、せせらぎ文庫を開くつもりだし。明後日はFM軽井沢で、Mr.Man シリーズを紹介する予定。今回は2泊3日で帰らなければならないので、その報告は後日書くことにして、先々週から先週にかけて、10日以上もこちらで暮らした様子を書きたい。

 1月7日についたとき、2日前に降った雪が残っていて、イノシシの足跡がついていたが、一週間後には、狐が現れた。毛の色が茶色ではなくグレイだったので、まだ、狼だったのではないかと半信半疑だが、尻尾が付け根から先までふさふさと長く、銀ぎつねの襟巻きと同じだったから、あれは狐だったのだろう・・・と思う。隣家とその隣の違法建築との間を、トットットっと、並足で駆け抜けていった。

 翌16日には雉太郎と雉斗が一緒に現れた。雉之介はもうずっと現れないが、若い2代の雄が悠々と餌をついばんでいた。勿論、リスも、小鳥たちもやってきて、私はますます東京に帰りたくなくなる・・・
せっかくせせらぎにいたのだが、足元が悪くて不安だったので、せせらぎ文庫は休んでしまった。

 そして今日、4時頃小鳥の餌を補充して、空き箱を捜しに物置に近づいたら、足元のせせらぎの岸から、大きな白い鳥が飛び立った。羽の先と首の付根あたりにグレイになっている。鷺にしては大きいような気がするが、オーストラリアの鶴に似ているが、それよりも美しい。

 庭の土があちこち、不自然に盛り上がったりくぼんだりしているのが気になる。違法建築の所為で、地下水の流れが変わって、土がどんどん流れていってしまっているに相違ない。なんとかいつまでも、ここで小鳥や動物達と一緒に暮したい。

 

2010年1月31日

『赤いぼうし』野崎昭弘文 安野光雅絵 童話屋刊

 いつまでたっても、数学教育学会の学会誌の為の論文?が纏まらなくて、四苦八苦というか、我ながらイライラしている。いつも書いているクリティックとは、同じ絵本を扱っても読む相手が違うので、こちらの視点をを変えなければならない。

 数学の絵本がなぜ、今、大切なのか、石頭の数学者達に理解してもらえるだろうか。いや、彼等は思考が柔軟でないと数学は解けないはずだから、柔らかいのだろうけれど・・・違う柔らかさのような気がする。とにかく、決められたスペースで、彼等に「良い絵本を創ろう!」という気になってもらわなければ。

 今日のFM軽井沢、「魔法使いの本棚」では、この本と『数、いまとむかし』を取り上げたい。
 昨日、せせらぎ文庫で、本棚の整理の合間に『赤いぼうし』を読んでいたのだが、帽子の数が5つになると、もう、私の頭がパニックを起こしそうになる。赤い帽子と白い帽子を自分を含む三人の子どもがかぶせられて、「自分の帽子は見えないけれど、他のこの帽子は見える」という前提で、自分は何色の帽子をかぶせられたかを推定する。
 
 「確率と統計」の問題なのだろうが、数学の先生方は、(安野光雅が小学校で算数を教えていたなんてしらなかった!)設定された前提を絶対のものとして話を進めてゆくが、数学的思考になれない子どもは、余計なことをたくさん考えながら絵本を読む。

 自分のかぶっている帽子は見えないというけれど、こんなつばのある帽子なら、上目遣いにすれば見えるだろう、とか、太郎と花子はぼくの帽子の色はわかっているんだから、教えてくれればいいとか、どうしても考えてしまう。物語のあるもののように集中ができない。

 そう、物語性がないのがいけないのだと思う。『はんぶんちょうだい・・・』のように、なにか物語があれば良い。そう書いてみよう。スペースが足りないかもしれないけど、それは「子どもの本棚」で、毎月訓練しているところだから。

 昨日、せせらぎ文庫では、本の並べ替えと、カバーの取り外しを2,3、冊片付けた。来月から、「新しく入った本」「お薦めの本」を書き出して貼ってみようと思っている。特に大人向けで楽しい本を。


赤いぼうし (美しい数学 (5))

(ASIN: 4924684201)
野崎 昭弘  
童話屋 / 在庫あり。