2021年1月 1日

『やきいも と おにぎり』みやにしたつや作 すずき出版

 明けましておめでとうございます。とっても、ゆったりしたお正月を過ごしています。例年だったら、人に会う予定がなくても着物を着て優雅に過ごすのですが、今年は暮のギリギリに、熱海まで内視鏡検査を受けに行ったりしていたので、なんとなく、お正月気分になりきれず、ブログを開いてみました。

 もっといろいろな方に読んでほしいと思う本はたくさんあります。誰にも話さないうちに、記憶が薄らいで、忘れてしまうのです。昔は良い本を読んだ感激を忘れるようなことはなかったのに。お正月早々愚痴ってもしょうがないので、忘れないうちに、焼き芋の話をご紹介します。

 みやにしたつやの絵は、覚えてしまうと、本屋さんでもすぐ見つかります。ピカソ風というとイメージが違うのですが、動物の横顔に、目が二つ描いてあって、ちっとも不自然でなく、正面から見た動物の表情がわかるのです。あら不思議。

 で、この本の主人公はブタ君、相手役がおおかみ君。狼君が自分の持っている焼芋を、豚君の持っているお握りと取替えて!と言っておいて、お握りをその場で食べ、焼芋を豚君に渡さずに行ってしまったのが事件の始まり。
 その話を聞いたネズミ君は、お握りを食べてしまった狼が、豚の焼芋を取って逃げた、と誤った事実を告げ、それを聞いた兎は、狼が豚をお握りに変えて、そのお握りを食べているうちに焼芋に変わった、と猿に告げる。猿は狸に、豚がお握りを持っていたら狼に変身して、その狼がお握りを食べたら、狼が焼芋になった、と話す。狸はカバに豚がお握りを狼に変え、その狼が豚を食べようとしたら、豚が焼芋になったと言う。その話を聞いたカバが走ってゆくと、丁度、狼が焼芋を食べようとしていたので、「ぶたくんを たべるなー!」といって狼から焼芋を取り上げ、「さあ、ぶたくん、おうちにかえろうね。どうしてやきいもなんかに なっちゃったの」といいながら、豚君の家に着くと、そこにぶたくんが居て、「じゃあ、この やきいもは だれ?」、というお話。

ぼんやりしながら読み聞かせをしていると、聞いている子どもも訳が分からなくなるから、ちゃんと下読みをして、段取りを理解してから、読み聞かせをすること。でも、読んでいて、なんだか楽しくなる本。

2020年12月 7日

 『はんぶんちょうだい1・2・3』七尾純作 村上豊絵

 我が家にとっては、幻の愛読書なのだが、半世紀近い昔、子ども達のお気に入りで、表紙もとれ、ボロボロになって、彼らが絵本を卒業する頃、いつの間にか姿を消した。といっても子ども達の所為ではない。私自身も気に入っていて、出たばかりのカラーコピー機を、試してみないか、と言われた時に、すぐ思い出して、一冊分コピーした後になくなったのだから、私が仕舞いなくしたに相違ない。と、こだわりたくなるほど村上豊の絵が心に残っている。もう一冊買えばいいと言われそうだが、コピーしたころには既に絶版になっていた。なんとか再販してほしい一冊である。多分、理科の先生あたりからクレームがついたかな、と思わなくもないが、絵ばかりではなく、テーマも良かったのでもったいない。

 この幻の本を、昨日のFM軽井沢で紹介した。唯一、私の語れるお話だったのだが、放送するのに間違えてはいけないとメモを取っていったものだから、宮尾さんに「語り風に、ご紹介いただきました」と言われて、多少傷ついた。その上、一番大切な2行を飛ばしたような気がしてならない。何のためにメモしていったんだ!と後悔しきり。

 ストーリーは、村上豊描く夕焼け空で、大男がパンを焼くシーンから始まり、大男がアグンとひとくち食べたカケラが晩秋の地上に落ちて、冬ごもりをするクマたちのお腹を満たした、というもの。クマのこぼしたカケラが子ネズミの、子ネズミのこぼしたカケラがコオロギの、コオロギのこぼしたカケラがアリたちの、冬ごもりの準備になって、「みんなみんな穴の中で、春が来るまで、おやすみなさーい」でおしまい。お腹が一杯になって、深い雪の中でゆっくり眠りに入る、という、枕元の読み聞かせに、最適な一冊でした。

2020年11月26日

『となりのゴッペ』山中恒 作 偕成社

 1974年の作品だから、ずいぶん古いのだけれど、この頃、こういう読んでいて楽しい本が少なくなったような気がして、紹介したくなった。FM軽井沢でも、多分⒑年くらい前に紹介したのだが、なぜか近頃、いつの間にか机の上に出てきている。すごく不思議な現象なのだけれど、断じて私自身が書棚から持ち出したわけではないし、FM軽井沢でも『海外子女教育』誌でも、ずーと取り上げてないのだから、2階から階下まで、この本はひとりで降りてきたに相違ない。そんなに寂しかったのかなあ。

 とにかく、このゴッペというのは、水沢研の挿絵に寄れば、ぼさぼさ頭に猫みたいな口ひげがあるおかしな奴だが、好意が持てる。ゴッペという呼名の由来は、鼬の最後っ屁、だそうだから、そういう奴なのだ。
 小学3年生のアキコは、新学期、どうも学校に行きたくない。心配したパパに、もしかするとパパのいたずら書きが残っているかもしれないぞ、と言われて、興味津々になって、学校に行くようになる。イタチみたいな顔の悪戯描きに触れてみると、絵がニヤッと笑ったようだ。それからというもの、何かというと、ゴッペが現れる。
 評論家なら、ここできっと、登校拒否の子どもへの親の愛情がどうのこうのと言うのかもしれないが、この山中恒の作品は、私が読んだ限りでは、そんな理屈っぽいことは少しも感じさせずに、子どもの心の問題を、片っ端から片付けてくれている。子どもから見た、気に入らない大人のあれこれをあげつらいながら、どこかで必ず、でもね、親たちはこんなに君たちを愛しているのだよ、と読者を安心させてくれる。

 山中恒のあと、こういうタイプの作家が、皆絵本の方に行ってしまったようで、子どもの読書力の低下に合わせたのかもしれないが、数少ない読める子の方が、こういう悩みを持っているに違いないので、もう少しこの年齢、この精神年齢の子どものための読物がほしい。
何だか今日は、真面目な気分。らしくないかも・・・・・。

2020年10月22日

『かもさんおとおり』マックロスキー作 わたなべしげお訳 福音館書店

 絵本の古典。1965年日本初版、半世紀以上昔の絵本だが、絵の雰囲気も、物語も、少しも古くない。それなのに2002年に、『海外子女教育』誌の「子どもの本棚」の集大成として発刊した『小林悠紀子の進める630冊の本』には、この本が紹介されていない。勿論、読んでいたし、良い絵本なのはよくわかっていたのだが、「噂になっている本は、今更紹介したくない」というひねくれた思いがあるもので、特にこの本は紹介する隙がなかったのだ。
 
 つまり、良い本のリストには殆ど常に挙げられていたし、実は、実際の世の中で、鴨の行列が、よく話題になり、新聞やTVのニュースになっていたから。例によってうろ覚えだが、帝国ホテルの玄関の噴水から、皇居のお堀への行列だったり、どこかの新聞社の社屋で雛が育ったりしていて、その度に、この絵本が話題になった。その度に、ああ、また紹介できない、と機会を見送っていた。

 軽井沢に居ると、鴨はそれほど珍しい存在ではない。レストランのメニューでもよく見るし・・・。ではなくて、我家の庭に流れるせせらぎにも、年に何度か、つがいの鴨がどこからか泳ぎ上ってくる。だから特に珍しくもなく、話題にもならないので、10月4日のFM軽井沢「魔法使いの本棚」で、ようやく紹介することができた。そしてようやく気が付いたのだが、渡辺茂男先生の訳ではないか!渡辺先生には、ICBA(国際児童文庫協会)を立ち上げる前、だんだん文庫を始める頃から、亡くなられる直前まで、ずいぶん色々教えて頂いた。

 ICBAの10周年が過ぎた頃だっただろうか、青山の子どもの城のすぐ近くの花屋さんの前で偶然お目にかかって「お茶でも飲みましょう」と誘われて、すっかり上がってしまった私は(全然上がっているように見えないのが困るのだが)、大きなクラブハウスサンドをバクバクと食べながら、夢中でなぜか初恋の話をしていた。やがてお皿は空っぽになり、渡辺先生に呆れたように「あーあ、なくなっちゃったよ。ボクも一緒に食べようと思ってたのに」といわれて、ようやく正気にもどったのだった。

 で、その渡辺先生の分かり易い訳のお陰もあって、鴨さんがとても身近に感じられるストーリーなのだが、大人になって読み返すと、ヨチヨチ歩きの鴨たちが何とか無事に道を渡れるようにと、交通整理をしたり、電話でパトカーを呼んだりするお巡りさんのマイケルが見事なわき役に描かれているのに気付く。良い本は、どんな本でも、読返すたびに新しい世界を見せてくれる。  

2020年9月13日

『まぼろしのおはなし』ワールド ライブラリィ刊

 作家ハイメ・ガンボアも絵ウェン・シュウ・チェンも、コスタリカ出身で、チェン氏は建築家であるという。なるほど、と思った。表紙も中表紙も、白い厚紙で作った建築物の内側の様。お話が始まっても、図書館の中に何人かの子ども達も真っ白。 そこにファンタジックな虹色の鳥や子どもの姿が、ところどころに飛んでいる。主人公は、図書館にいるのに、誰も読んでくれない、気の弱い本。ところがある日、一冊一冊指で触れながら探している女の子に出会う。実はこの本は、点字の本だったのだ。

2020年9月 9日

『明日はいずこの空の下』上橋菜穂子著 講談社文庫

 上橋菜穂子といえば『精霊の守り人』シリーズをはじめ、日本の少年少女にとっての『指輪物語』のような大河ドラマの作者で、いつの間にか現れ、次々と、大人も夢中になれる作品を書いてくれた偉大な作家だ。なので、敬遠でもないが、きっと話しかけても適当にスルーされるタイプだと思いこんでしまっていた。だから、昨年だったか?コロナの所為で月日の感覚がなくなってしまったが、国際アンデルセン賞受賞の後、JBBYの何とか賞も受けられて、その集まりに参加したので、当然お見かけしたが、それまでお話したこともなかったので、お祝いのご挨拶もせず失礼してしまった。
 この本を読んで、あ、しまったことをした、と後悔した。お見かけしたところ、とても親しみやすいタイプの女性で、親しいご近所というタイプだったので、自分の思い描いていた上橋菜穂子とは、全然違っていて、かえって、なんとなく、近寄れなかったのだ。 絵本も含めて、児童文学の作者は人が良い。誰かに親切にしたくてたまらない人達の集まりである。だからJBBYの会合に出たら、なるべく有名な作者に声を掛けたほうが良い。あまり書けない作者より、良い作品を書いている作者の方が、間違いなく優しい。
 閑話休題。その、上橋菜穂子のエッセーというのは読んだことがなかったので、『明日はいずこの空の下』という題名にも惹かれて、ページを開いた。外国旅行の話が中心だが、その土地土地の著名な物語を中心に語られるので、知らない旅行話ではなくて、よく知っている街を一緒に旅をしている気分になる。読み進むと、殆どが、影響を強く受けて育ったお母様との旅行であったことがわかる。本の終りに近づくと、お母様が今もお元気だろうかと気になって、発行年月日を確かめてみた。確かめるまでもなく、最後まで読むと、癌と闘いながら、明るく二人旅を楽しまれたお母様が寿命を全うされたことも書いてあった。とても親しい友人の、旅の話を聞いているようなエッセーだった。またいつか、JBBYの会で、お目にかかることがあるだろうか。本をたくさん読んでいる人なら、きっと誰でも、著者と話をしたくなる、エッセー集である。
 

2020年9月 2日

『ふしぎな500のぼうし』ドクター・スース作 わたなべしげお訳 偕成社

 ダーウィン王が治めるデイッド王国に住んでいるバーソロミュー・カビンズという男の子は、おじいさんがかぶり、お父さんが被った古い赤い帽子を1つだけ持っていて、1本だけ羽がピンと突っ立っているその帽子が大好きだったので、その日も、その帽子を被って町までツルコケモモを売りに行った。すると通り過ぎた王様の馬車が戻ってきて帽子をとれ!と怒鳴られる。バーソロミューはもうとっくに帽子は脱いでいるのに、と思うのだが手にも帽子を持っているのに、頭の上にもある。両手に帽子を持っても、まだひとつ頭の上にある。ダーウィン王はカンカンになって、バーソロミューをお城に引っ立てィということになる。ところが隊長の馬に乗せられて走る間にも、帽子はどんどん風に飛ばされ、次々頭の上に現れる。王様に出会ってから、王様の前でもう1度帽子を脱いで、次々と周りに転がった帽子を数えると135個になった。王様は帽子屋を呼んで脱がすように命じるが、また生えてきて、三代の博士を呼んでも役に立たない。王様の甥のウィルフレッドという悪い子が、弓の練習に帽子を射落とそうとするが落とされた帽子が154に増えただけ。とうとう首を切られることになって、バーソロミューは帽子を自分で脱ぎながら地下牢への石段を下りるが、首切り役人は、王様の作った規則で、帽子を脱いだ人の首しか切れない、という。
 せっかく助かるかと思ったのに、甥っ子のウィルフレッドは高い塔の上から突き落とせば良いと提案して、塔の上に連れてゆく。バーソロミューは347個から、また数えながら塔の石段を上ってゆくが、451番目から帽子の羽が増え始め、ウィルフレッドがまさに突き落とそうとしたとき、500番目の見事なダチョウの羽の帽子が現れ、王様は500枚の金貨で、その帽子を買い取る、という話。・・・簡単に言うとね。これでも。

 絵本というより、イラストの多い読物と言いたい文章量なのだが、渡辺茂男の訳で、するすると読めてしまう。子ども達に人気のあるドクター・スースの絵は、帽子の赤だけに色がついて、次々と生まれてくる赤い帽子が楽しい。50年以上も子ども達に愛されているドクター・スースの絵本は、どの1冊をとっても、物語に類似性がない。すぐにシリーズ化してしまう日本の絵本作家は、作家自身が悪いのか、出版社が悪いのか・・・・。

『あるかしら書店』について、の続き

 上の血圧が190というのは、割に慣れているというか、あまり驚かないのだが、下が110というのが続いて、ちょっと慌てた。東京医大の先生に言われていたのを思い出して、アジルバ、という薬を、10㎜多く飲むことにした。31日は夜飲まないはずのところを10㎜、9月1日は朝30㎜のところを40㎜、夜更に10㎜だから1日では20㎜多く飲んだ事になる。9月2日、つまり今日は朝測ったら上が150台、下が80台だったが用心のため40㎜のみ、夜23時に計ったら130台だったので、もうアジルバを増やすのはやめにした。まだ、胸が少し痛いが、明日と明後日、外出せずに休むので、大丈夫だと思う。でも、昨日、知らない方から電話があり「今日はお店は開かないのですか。何回来ても締まっているから」と言われてしまった。申し訳ないと思いつつ、ちょっと嬉しい。血圧が落ち着いたら、「魔女の蚤の市」も頑張ります。

 さて、この本は、漫画と書いたが漫画とうよりも全部イラストで説明されている。あ、説明されているのではなくて、絵で語られている。だから小学生でもわかるだろうけれど、大人が理解するのを作者の意図の98%とすれば、子どもが面白さを理解するのは60%以下だろう。大人の洒落のきいた内容なので。

 先ず、目次より前に、「この本(店)は『本にまつわる本』の専門店、とあり、「〇〇についての本ってあるかしら?」ときくと、たいてい「ありますよ」と言って、奥から出してきてくれる、と説明している。
目次は書棚の絵で、様々な色と形の背表紙が、7つに分類して置いてある。『作家の木の育て方』『カリスマ書店員養成所の1日』『大ヒットしてほしかった本』等々。

 中でも『本とのお別れ請負人』は身につまされる。本に囲まれた男を髭の老人が訪れ、貴方は素晴らしい本をお持ちだが、このままでは傷んでしまうと言い、この本を選んだあなたのセンスを本棚ごと、最高の環境で保管したいと口説き落とす。奥さんは何やらレシートを受取り、「持主の心のケアーを第一に、ハートフル古書流通」と書かれたバンを件の髭の老人が運転して去る、という見開き1ページの漫画になっている。

 カバーの両側の羽で、『バタ足入門の本』は、子どもが本を閉じると水泳板になっていて、プールの中でバタ足の練習を始める、というのと、『ちょっと大きくなれる本』は、小さい子が、その本を椅子の上に載せて、その上に坐ると、ちょっと座高が高くなって、テーブルで食事を始める、という2冊が、わずか6コマの絵で語られている。

 ペン画ににちょこちょこッと色が付いているので、何やら楽しく、あっという間に読んでしまって、もう一度ページを繰ってみたくなる、新しいタイプの本。
                                                               

2020年8月31日

『あるかしら書店』ヨシタケシンスケ作 ポプラ社

 美味しいお弁当と共に、またしても万里先生に数冊の本を頂いてしまった。「子どもに読まれてるそうだけれど、これは大人が・・・」というコメントだったので「ん?」と思ったら、帯に25万人の小学生が選んだ、とある。うっそだあ、と思う。「子どもの本、総選挙」とやらで選ばれたとしても、それは内容が面白いというのではなく、漫画だから他の本より読みやすい、分かり易い、というより、分かったような気持ちになりやすい、んだろうと思う。
 漫画だから、ではなく、読みやすいのだろうと思う。

実は昨日から血圧が急に上がって、190の110になった。手持ちの薬を10㎜増やして飲んでいる。今朝は3日目で心配していたが、160まで下がった。・・・というわけで、またしても眠り姫病で、現在、ひどく眠い。だから、続きは、また、あとで。

2020年8月23日

『こぶたたんぽぽぽけっととんぼ』馬場のぼる作 こぐま社

 同じ作者と出版社で、『ぶたたぬききつねねこ』というのがあるが、それはクリスマス用?で、最後の「まく」を開けると、たしかクリスマスツリーがあって、パーティが始まるんだったと思う。この本も、中表紙を開けると、見開きに豚と狸と狐と猫がいるが、4匹ともちょっとどん臭い。よくもコう、さりげなくあか抜けない母親世代を描けるものだと、妙なところで感心してしまった。
 しりとりはもう始まっているのだが、次の頁からストーリーが始まり、可愛い「こぶた」が「たんぽぽ」を見つけて、それを「ぽけっと」に飾る。次の頁で「とんぼ」が飛んでいるので、「ぼうし」を脱いで捕まえようとするが、飛んで行ってしまう。その飛んで行った青空に「しゃぼんだま」が流れて、しゃぼんだまを飛ばしているのが「まめだぬき」と、しりとりのことばでストーリーがつながってゆくが、きのこ、仔狐、ネックレス、スケートボード、どろんこ、仔猫、粉、涙、ダイヤモンド、どんぐり、リス、杉の木、キツツキ、恐竜、馬、マイク、車、マットレス、スカンク、靴、釣り竿、鬼、にわか雨、迷路、ロバ、バナナ、菜の花、縄跳び、ビデオ、鬼ごっこ、コアラ、ラジオ、おんぶで終わるが、子ども達は迎えに来たお母さん達におんぶされて、遊び疲れて背中でぐっすり眠っている。子ども達にとっても、お母さん達にとっても、理想的な一日がしりとりで語られている。
 ことば遊びには色々あるが、しりとりが一番単純で心配事なしに、子どもも大人も一緒に楽しめる。特に、子どもと年寄に語彙力をつけるのに良い。この本1冊読むだけでも45、50近い語彙が広がる。果物、文房具、など範囲を限って縛りを入れれば、いくらでも高度なゲームになるが、なにも範囲を決めず、自由に思いつくことばで遊んだ方が、心も頭も豊かに、健康になる。本は語彙を増やすために読むものではないが、本を読めば確実に語彙が多くなる。

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